2006年05月12日

言霊の行方

GWも終わり1週間が経とうとしています。
連休中にもあちらこちらで殺人やら何やら、物騒な事件が起きて連日報道されていましたね。
特に平塚で5人の遺体が発見された事件は、ニュースを見るたびに暗く悲しい、そして何ともいえない鬱屈した気持ちにさせられます。

昔から殺人事件などの凶悪犯罪はあったのでしょうが、最近とくに、子どもの誘拐・殺人事件などのように弱いものに向かう犯罪や、動機にやるせなさを感じるような事件が多いような気がします。
ニュースでも繰り返しそういう報道を行っていて、何となく嫌な時代になってきたなと思っていらっしゃる方も多いでしょう。

しかし、繰り返し嫌なニュースを見て、「嫌な時代になったな」とみんなで話すことで、ますます嫌な時代にしてしまっているという側面はないでしょうか?
昔から日本には「言霊」という言葉があります。
言葉には不思議な力が宿っていて、ある言葉を発すると、その内容どおりの結果が生じるという考え方です。
もちろん、迷信に過ぎないと言ってしまえばそれまでですが、自分で発した言葉の内容がそのまま自分に返ってきてしまうという経験はないでしょうか?

たとえば、仕事で失敗するのではないかとか、試験で悪い点をとるのではないかとか、誰かに嫌われるのではないかとか、そういったことを考えて話をしているうちに、本当にそういう悪いことがおきるような気分になってしまうことって、誰しも一度は経験ありますよね。
この場合は、もしかしたら自分が発した言葉が「言霊」となり、自分自身に跳ね返ってしまっているのではないでしょうか?
同じように社会でも、暗いニュースをみんなで見て、暗い発言ばかりしていると、その発言自体が言霊となり、本当に世の中のムード自体が暗くなってしまい、結果として暗いニュースが再生産されているのかもしれません。

「言葉」とは、「言の葉」と書きます。
あるいは話が弾むことを、しばしば「言葉に花が咲く」などと表現します。
確かに世の中には暗いニュースが多いような気がします。
でも、せめて自分の周りの大切な人とは、お互いに花束を贈りあうような気持ちで明るく優しい言葉を伝えたいものですね。
posted by SNR at 18:56| Comment(2) | TrackBack(2) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月11日

ゆるぎない絆とは?

企業の株主総会シーズンが迫るなか、各社の決算発表が相次いでいますね。
日本経済新聞が集計した上場企業の2006年3月期決算では、企業業績は相変わらず好調のようです。
一方で、昨年から相次いだM&A騒動に対処するために、買収防衛条項を新たに盛り込んだり、株の持ち合いを増やしたりする企業も出てきているようです。

先日、日産のカルロス・ゴーン社長があるインタビューで、「M&Aよりも提携やタイアップの方が好きだ」と話していました。
買収をすれば必ず買収された側が、自分たちが外されると感じてしまうからだそうです。
ホリエモンによるニッポン放送買収から始まった一連のM&A騒動ですが、最近は少し鎮静化しつつあるような気がします。
長期的に経営を考えた場合、やはり無理な買収には大きなリスクがつきものなのでしょう。

いまチェ・ジウ主演の「連理の枝」という映画が公開されていますが、「比翼連理」という言葉があります。
これは白楽天の『長恨歌』に出てくる一節、

天に在りては、願わくば、比翼の鳥となり
地に在りては、願わくば、連理の枝とならん


から生まれた言葉で、「比翼の鳥」は二羽が一体にならないと飛ぶことができない鳥のことを、「連理の枝」はそれぞれの幹から出た枝がひとつにつながって木目がひとつになったもののことを差します。
玄宗皇帝と楊貴妃の愛をこう表現したことから、「比翼連理」とは仲睦まじい男女のことを指す言葉となったのです。

しかし、みなさんよくご存知のことと思いますが、「比翼連理」と称されるようなカップルなどは、まず現実には存在しないわけです。
誰しもが近づきすぎてはぶつかりあい、離れそうになっては手をつなぎあってバランスをとっているのでしょう。
「コーポレート・カルチャー」という言葉がよく使われますが、企業どうしが一緒になる場合も、それまでまったく違う道をお互いに歩んできているわけですから、ぶつかり合いになるのは当然です。
ましてや、いきなり買収をして不採算部門を切り捨てるようなやり方は、いたずらに相手の反発を招くだけでしょう。

以前、「『かんじんなことは目に見えない』のです」という記事にも書いたように、本当に深い絆とはお互いにたゆまぬ努力を必要とするもので、目に見えないものなのかもしれません。
企業活動でも同じことで、目に見える形にこだわるよりも、目に見えない信頼を大切にすることが、かんじんなのかもしれませんね。
posted by SNR at 18:28| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月09日

「日出(いず)る国の工場」の未来

デフレ脱却と言われているが、日本の景気回復は本物なのか?
格差社会などと言われるが、本当に格差が固定化されるような社会になってしまうのか?
世界的な競争のなかで、日本はこれからどうなっていくのか?
こうした問題が新聞やテレビで取り上げられない日はありませんね。

一見すると順調そうな日本経済でも、国際競争の行方を考えると、やっぱり不安になってきてしまうのでしょう。
とりわけ、中国やインドなどをはじめとするBRICs諸国との競争は世界経済の大きな地殻変動を引き起こす可能性があるといわれています。
グローバリゼーションの恩恵を背に成長するこれらの国々との競争は、これまでの先進国国内の経済構造にも大きな影響を与えるからです。
彼らが生み出す安い輸出品が、先進国内の労働者の仕事と生活を脅かすというわけです。

中国の工場労働者数は1億900万人、先進7カ国のすべてを合わせても5300万人。
こういう数字だけ並べてみると、なんだか心配ばかりが先に立ってきますが、現実には我々も安い輸入品を購入したり、逆に購買力をつけたこれらの国の人々が我々の輸出品を買ってくれたりと、悪いことばかりではないのでなかなか複雑です。
そうはいっても、これまで工業製品の輸出で成り立ってきた日本が、いったいどうなってしまうのか、新たに付加価値があり競争力のある産業を育てることができるのかを考えてみることは必要でしょう。

もう20年近くも前に出版されたものですが、村上春樹・安西水丸共著の『日出(いず)る国の工場』という本があります。
この本は「結婚式場」や「人体標本工場」、あるいは「コム・デ・ギャルソン」など、普通の工場見学ではあまり思い浮かばないような場所を訪ねるエッセイで、結婚式場を「セレモニーを生産する工場」と捉えたり、コム・デ・ギャルソンを「思想としての洋服をつくる工場」と捉えたりする発想が、ずいぶん前から僕のお気に入りになっています。

例えば、結婚式場では「松戸・玉姫殿」に取材しているのですが、以下のような具合になります。
工場としての結婚式場、あるいは「結婚式場」という名の工場の原料は言うまでもなく新郎・新婦という名で呼ばれる一組の男女であり、その機械的推進力は専門的ノウハウと手なれたサーヴィスであり、中心的付加価値は感動(あるいはもう少し控えめに情緒の高揚)であり、その需要を支えるのは世間一般の「しきたり・慣習・習慣」である。
そのようにして結婚式場では今日も(それが仏滅でさえなければ)ひとつまたひとつと、「セレモニー」というきらびやかな商品が産みだされていくわけである。


結婚式場が国際競争力を求められる時代が来るのかどうか、僕にはよくわかりませんが、このような発想でいろいろな日本の産業を捉えてみると、あんまり肩に力を入れることなく、面白い発想が生まれてくるのではないかなと思っています。
例えば、「スタジオ・ジブリ」などに代表される日本のアニメーションは、莫大な資金を投資して派手なアクションを演じるハリウッド映画なんかと比較するよりも、精密な技術力で世界と勝負する日本の小さな町工場の延長線上にあると思った方が自然ではないですか?

とにかく、堅苦しく「日本のサービス産業は国際競争力という点で世界に遅れをとってきたから、新たなイノベーションを求め云々」なんて考えるよりも、ずっと生産的なのではないかと思います。
所詮は、これまで高品質・高付加価値の工業製品を生み出してきた同じ日本人がやることなのですから。
posted by SNR at 19:21| Comment(0) | TrackBack(1) | 経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月05日

「2+2=3」の謎

「2+2=4」なのに、なんで「2+2=3」なんだ!?
このように思う人もいると思いますが、それについては後半でお話しすることにしましょう。

話は変わりますが、数学が解決しなければならない大きな問題のひとつに、「ポアンカレ予想」というものがあるそうです。
「3次元の閉じた多様体で『基本群が自明』なものは、3次元球面しかない」というのが、どうやらその中身のようですが、もちろん難しい数学について僕はよくわかりません(わかる方がいたら、是非わかりやすく教えてください)。
この「ポアンカレ予想」を証明することで、いったいどれほどメリットがあるのかも、いまひとつ認識できないのですが、ロシアの数学者であるグレゴリー・ペレルマン氏が、どうやら証明に成功したのではないかというニュースが大きな話題になっているそうです。

もっとも彼が本当に証明に成功したのかどうかは、かなり慎重な検証をしてみないと明らかにはなりません。
なぜなら数学における証明とは、ひとつの例外もなく当てはまる、つまり普遍的に正しいことが立証されなければならないからです。
たとえば、誰もが習ったことのある「ピタゴラスの定理(三平方の定理)」でも、定理に当てはまる大きさの直角三角形をいくつ例証してもだめで、あらゆる条件の直角三角形にこの定理が当てはまることを言わなければ証明したことにならないということですね。

こういう数学の世界に比べて、我々が住む世界に関する法則はもっと緩やかに出来上がっています。
自然科学の法則にしても、社会科学の議論にしても、現実の世界ではさまざまな要素が複雑に絡み合ってくるので、数学のように普遍的に正しいと証明することはなかなか難しく、仮説検定というレベルでものを考えているのです。
どうやら仮説の内容は確からしいというところで満足するしかなく、少し時代が経てば、また別の仮説に取って代わられるということも、しばしば起こるわけですね。

さて、掲題の「2+2=3」についてです。
これはもちろん、いわゆる数式ではありません。
通称「2+2」(ツー・プラス・ツー)と呼ばれる、日米の外交安全保障問題に関する首脳会議がワシントンで開かれました。
日本側からは外務大臣と防衛庁長官、米国側からは国務長官と国防長官が出席するため、このように呼ばれるわけです。
もうみなさんお分かりかとは思いますが、「3」という数字は米軍再編のための経費として、日本が3兆円の負担を求められているのではないかということです。

政府関係者ですら寝耳に水だと発言するような数字ですから、一般の国民にとってはもっと不可解で驚きの数字であるのは当然です。
ましてや財政再建のための大きな負担を背負うことになる国民から見れば、憤りすら感じるような莫大な金額です。
多くのメディアが論評しているように、なぜこのような負担が必要であるのか、政府はしっかりと説明責任を果たす必要があるでしょう。

これは数学のような証明が必要な問題ではありません。
科学の法則のように仮説検定を行なって確からしさを示すものでもありません。
国民が評価としているのは、正しさや確からしさではなく妥当性なのです。
全員が納得するような根拠を示せないにしても、それでも政府はしっかりと説明して説得を試みる義務があるのではないでしょうか?
「2+2=3」でなく「2+2=2.3」だというような意見も上がっているようですが、いずれにしてもうやむやにして誤魔化すようなことだけはしてほしくないものですね。
posted by SNR at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 外交・国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月02日

GWだから伝えよう「愛のメッセージ」

いよいよ明日から、GWの後半戦に突入ですね。
すでに9連休の真っ只中だよという人も多いのでしょうか、行き帰りの電車は空いていてなかなか快適です。
でも、やっぱり明日から連休だと考えると嬉しいですね。
大きな旅行に出かける予定はありませんが、日常生活では忘れがちなことでも考えながら、久しぶりにのんびり過ごそうかなと思っています。

さて先日、ある新聞を読んでいたら、社説に『早寝・早起き・朝ごはん』という子どもの教育についての話が載っているのを見つけました。
確かに我々が子どもの頃と比べると、夜更かしをしたり、朝食を食べなかったりする子どもの割合が高まっていて、それは子どものこころや身体の発育に大きな影響を与えており、それが少年少女をめぐる社会問題の背景となっているという側面もあるようです。
だから、GWに家族そろって行楽や外食を楽しむのも良いが、生活のリズムを整える機会とするのも良いのではないか、というのがその社説の主旨でした。

自分自身の生活にリズムをつくり、こころや身体のゆとりを生み出すこと。
これは確かに大事なことですが、それだけでなく子どものうちから愛情とはいったい何なのかを経験させることも、同じくらい大切なことだと思います。
「早寝・早起き・朝ごはん」も大切ですが、そこにどれだけ親や家族の愛情が込められているかも、子どもの成長に大きく影響してくるのではないでしょうか?

「相手に注意を払うこと」「ゆっくり時間をかけること」
とても簡単なことのようですが、これこそが愛情の大きな要素であると僕は考えています。
個人重視の時代のなかで、相手との接触をできる限り抑えた方が良いという考え方を持ってしまうことがしばしばあります。
市場重視の時代のなかで、ゆっくり時間をかけることは損だと考えてしまう傾向が強くなってきています。
確かに核家族化したり、共働きの夫婦が増えたりする一方で、子どもを育てる環境が未整備な点も多く、先日内閣府が発表した国際調査では、子どもを産み育てやすい環境であると答えた人が48%と、日本はずば抜けて最下位でした。

相手に注意を払ったり、時間をかけたりしているヒマなんてないという人も多いかもしれません。
僕も実を言うと、ここで大威張りできるほど大切にできているわけではありません。
でも、それだからこそ相手を見守る視線や時間かけて愛情を育むこころを常に意識しておかなければいけないのではないかと思うのです。

GW前半でもっとも印象が深かったニュースは、やはり横田早紀江さんの下院公聴会での証言でした。
「心身疲れ果てておりますけれども、子どもたちが助けを求めている間は、どんなことがあっても倒れることができません…」
子どもを突然失った親の苦しみ、生存を信じて30年近くも戦い続け、そしてなお世界中の拉致被害者の救済を望む深い愛情。
そういったものがすべて込められた、世界中の人々のこころを大きく動かす愛のメッセージだったのではないでしょうか?

これからGWの連休を楽しむ方の多くは、幸いにも横田夫妻のような悲劇に見舞われてはいないのでしょう。
だからこそ、もし横田さんの証言にこころを動かされたのであれば、身近にいる大切な人々を温かく見守り、時間かけて愛情を育むこころを持ってほしいなと思うわけです。
連休でいろいろなゆとりがあるときにこそ、日常生活のなかで忘れがちなものを思い出してメッセージにして伝えていただきたいのです。

今日は自戒の念を込めた内容になってしまいましたが、みなさん良い休日をお迎えください。
posted by SNR at 19:04| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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