2006年03月16日

納税者はオーナーではないのか?

少し時間が経ってしまいましたが、3月12日に、岩国基地への米空母艦載機部隊移転受け入れをめぐる住民投票が行われました。
住民投票は投票率58・68%で成立。開票結果は反対が投票者数の87・42%に上り、全有資格者数の過半数を超えたようです。

住民の意思は重く受け止められるべきだ。
強制力を伴わないものとはいえ、住民投票が直接民主主義のひとつの手段として認められつつあるなかでは、このような意見が出されるのは当然のことでしょう。

在日米軍基地をめぐる住民投票としては、1997年12月に名護市で行われた「普天間基地返還に伴う海上ヘリポート建設の是非」をめぐるものを思い浮かべる方も多いでしょう。
このときは「反対」が過半数を占めながらも、市長が辺野古沖へのヘリポート受け入れを決めてしまいました。
今回も国のレベルではすでに再編が決まっており、今さら地元のエゴを聞くわけにはいかないという声も上がり始めています。

そもそも安全保障政策とは、いったい何のためにあるのでしょうか?
もちろん、「国民の生命と財産を守るため」にあるわけです。
だからこそ、国民は税金を払い政府に安全を託しているわけです。
今の日本では国民の意識と安全保障政策が大きく乖離してしまってはいないでしょうか?

かつて、明治時代の日本では「国民が軍のオーナーであるという意識」が、もう少しはっきりしていたと、司馬遼太郎は「『旅順』から考える」のなかで述べています。
後に大本営発表を鵜呑みにせざるを得なくなるわけですが、この頃はまだ、納税者が武器を与えているのだから、軍人は義務を果たすべきだという考え方が強かったというのです。
もちろん、言論の自由などの民主主義の度合いで現在と比較するのは無理があるかもしれません。
しかし、現在の安全保障政策について、我々はどれだけこういうオーナー意識を持っているでしょうか?

もちろん、在日米軍基地となった場合には、いろいろと難しい問題が出てきてしまいます。
確かに空母の主任務が日本防衛でないにしても、東アジア地域やグローバルな視点で日本の安全を考えることも大切です。
有資格者の過半数が反対を表明したとはいっても、基地受け入れによるメリットを感じる人も少なからずいます。
基地をある地域から追い出しても、別の地域にたらい回しするだけでは、より良い解決策とはいえないでしょう。

そのほかにも難しい問題はたくさんありますが、それでも「安全保障政策のオーナーは国民である」ということを原点にしなくては、何も解決しないと思います。
そうでなければ、沖縄の海兵隊をグアムに移転する費用をなぜ負担しなければいけないのか、誰も納得することができないのではないでしょうか?
posted by SNR at 14:59| Comment(0) | TrackBack(2) | 外交・国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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