2005年12月26日

SNRが斬る今年の重大ニュース! 相次ぐ詐欺被害:「信」無くして立てるのか?

振り込め詐欺、ワンクリック詐欺、リフォーム詐欺にフィッシング詐欺…。
数え上げればきりがないほど、詐欺被害が後を絶たない1年でしたね。
詐欺という犯罪は大昔からあるのでしょうが、情報化が進み便利な時代になって、ますます増えてきているように感じるのは気のせいなのでしょうか?

一方で、個人情報保護法が施行されました。
悪いニュースばかりが表に出やすいのかもしれませんが、耳にするニュースは奇妙なものばかりです。
企業の顧客データが大量流出したり、事件や事故に際して警察が情報を把握しようとしても病院に断られたり、住民基本台帳の閲覧が簡単にできて犯罪に利用されたりといったニュースです。

新しい仕組みが出来上がって、それがうまく機能するまでには多少の時間がかかるのかもしれませんが、それにしても何となく信頼のできない社会になってきているなという漠然とした不安感は誰もが感じていることでしょう。

フランシス・フクヤマが『「信」無くばたたず』(原題:Trust)を著したのは、ちょうど今から10年前の1995年のことでした。
この本のなかで、日本は米国やドイツなどとともに、信頼度が極めて高い社会であると分類されていました。
フクヤマの議論の中心は、高度な資本主義経済が機能するためには、歴史的に蓄積された社会資本としての「信頼」が必要とされるというものでした。

この本が書かれた社会背景としては、ロシアに市場経済が導入されてもうまく機能しなかったことや、米国経済がなかなか不況から脱せずにいたことなどがあり、学問的背景としては、市場経済の下で人々が合理的に行動すれば経済は活性化すると基本的に考える「新古典派」へのアンチテーゼという側面があったわけですが、それでもこの議論にはある種の説得力があったのは事実です。
契約が簡単に破られる社会で長期的な投資などできないことは、みなさんにも直感的にご理解いただけるでしょう。

このように書いたからといって、社会の信頼度が低いと分類された国、たとえばロシアや中国の人たちが、まったく信頼できないというわけではありません。
彼ら個人が信頼するべきものが何もない暮らしを送っているというわけでもありません。
フクヤマが分析しているように、こうした社会では逆に家族や血縁の間での信頼関係がきわめて強いのだそうです。
ただ、こうした社会では家族や血縁による経営の枠を超えて企業の規模が拡大したり、生産や資本提携の大規模なネットワークが形成されたりするのは、きわめて困難なものとなってしまうのです。
このため、こうした国々で大規模な事業を遂行するためには、国家という権力の介入が必要となってくるのです。

さて、もちろんここでの主題はフクヤマの議論が本当に正しいのかどうかではありません。
「そうは言ったって、中国経済はずっと成長し続けているじゃないか」という意見もあるでしょうし、「日本経済の『失われた10年』はどう説明するんだ」という異論もあるでしょう。
フクヤマの議論も、長い歴史から見れば必ずやってくる好景気や不景気を説明するものではないのでしょうから、その辺は勘弁してください。
あれから10年経って、日本社会の信頼をどう捉えるべきなのか?
これが今回のテーマです。

振り込め詐欺の登場によって、身内や警察からの電話もまずは疑うところからスタートしなければならなくなりました。
フィッシング詐欺のように企業の名を騙るものだけでなく、リフォーム詐欺、保険金の不払いやリコール隠しなども相次ぎ、企業の信頼も揺らいでいるような気がしてなりません。
橋梁談合やマンション偽装など、国と企業が絡んだ問題も胡散臭さを一段と増しているように思えます。
子どもの安全は脅かされ、新たな通信手段であるネットもワンクリック詐欺などが横行、テロの脅威も高まり…。

もちろん、個別に起こっていることを積み上げて全体を判断することは危険です。
まじめに信頼関係を築き上げている人たちも、たくさんいるのは間違いないでしょう。
でも、世の中に「とりあえずは疑うことから始めようよ」という空気が蔓延し始めているとしたら、これはちょっと由々しき事態なのではないかと思ってしまうのです。

ホリエモンによる「おカネさえあれば何でも買える」という言葉が、異常なまでの注目を浴びたのも今年の出来事でした。
個人投資家の増大が株式市場を活発化させて、景気拡大の背中を押していることは間違いないでしょうが、反発であれ共感であれ、ホリエモンの言葉に大きく反応した社会にはちょっと違和感を覚えてしまいます。
まさか某保険会社の「おカネは大事だよ」というコマーシャルの影響ではないでしょうが、お金の損得にはずいぶんと日本人も敏感になったような気がしないでもありません。

みずほ証券の誤発注のときに荒稼ぎをした企業に対して、与謝野経済財政担当大臣が「美しくない」という発言をして話題になりました。
違法な行為で利益を上げたわけではないのですから、与謝野さんの発言には賛否両論あるでしょう。
しかし、我々日本人が当たり前のように享受してきた「社会の信頼関係」というものについて、そろそろ「よく考えてみる」段階に差しかかりつつあるのではないでしょうか?

目に見えにくいだけに、崩れた信頼関係を回復することは大変な作業になります。
みなさんも、人生のうちで一度や二度はそういう経験をしていることだと思います。
そして何よりも、おカネであれ株式であれ、ヤギの視点から見たら単なる紙切れに過ぎないものを価値あるものにしているのは、「信頼」という目に見えない絆なのですから。
手遅れにならないうちに、もう一度「信頼」というものを見つめなおす必要があるのではないでしょうか?
posted by SNR at 15:08| Comment(4) | TrackBack(2) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
さみしい世の中になりましたねぇ。
この間子供が「知らないおばさんに、みかんもらったんだけど、食べていいかなぁ」
と言いました。多分近くの方だと思うのですが、『親切なおばさん』となるところですが、「今では知らない人に声を掛けられたら、気をつけなさい」ですからね。
 誰を信じればよいのか、今の子供たちが大きくなったときは、もっと『信頼』が希薄になっていそうで怖いです。
Posted by とことこママ at 2005年12月26日 16:34
とことこママさん、いつもコメントありがとうございます。
個人が自分の身を守るために警戒心を持つのは仕方のないことですけどね。お互いの警戒心が社会をどんどん冷たくしているような気もしますね。
Posted by SNR at 2005年12月28日 17:35
今まで日本は、互いに助け合い信頼しあう地域の絆によって、多くの困難を越えてきた国だったと思います。それが今は、「個」が優先、と言っても、確固たる「個」もないように思います。生きていく核となる自分自身がなければ相互の信頼関係も築けないし、信頼関係なき「個」の主張は、言ったもん勝ちの言いっぱなしにしかなりませんよね。でも、みんな気づいているのだと思います。だから、社会はまた変わっていくと希望を持っているのですが・・・。
Posted by 森海 和 at 2006年01月08日 14:25
森海和さん、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおりで、信頼関係のない「個」は、本当の「個」とは呼べないのですよね。僕も社会が変わっていくという希望を持っているから、こんなブログを書いているのかもしれません。これからも、よろしくお願いします。
Posted by SNR at 2006年01月10日 13:52
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