2006年05月26日

ポスト小泉の振る舞い

先日の安倍官房長官の立候補宣言で、ポスト小泉レースは事実上、安倍氏と福田氏の一騎打ちに絞られてきた感があります。
各種世論調査の結果を見ても、先行する安倍氏を福田氏が猛追するという図式がはっきりしてきたようです。
まだ実際の総裁選までは3ヶ月以上もあるので安易な予想はできませんが、国会終了後にしっかりとした政策論争が行われることを望むばかりですね。
そのためにも、教育基本法、共謀罪、あるいは国民投票法といった重要法案や、社会保険庁による年金納付率偽装や米国産牛肉の輸入再開といった問題に対して、彼らがどのような態度を見せるのかにも注目しておきたいものです。

さて、本日のテーマは政治家のパフォーマンスについてです。
これまで長い間、「パフォーマンス」という言葉は、政治家にとってマイナスイメージ以外の何ものでもありませんでした。
しかし小泉総理の在任5年間で、政治家が人気を得るために必要な要素として、すっかり定着してしまったような気がします。
先日の『ニュース23』で田原さんと対談した筑紫キャスターが、「世界中どこを見渡しても、あれだけ毎日テレビに登場する指導者はいない」と言っていましたが、我々も知らず知らずのうちに、すっかりそのペースに乗せられてしまっているのでしょう。

僕の個人的な意見としては、政治家にとってある種のパフォーマンスは必要であると考えています。
ただ、あまり「パフォーマンス」という言葉を安易に使いたくはありません。
むしろ、古くからある日本語である「振る舞い」という言葉を使いたいと思っています。
理由はそんなに難しいものではありません。

振る舞いという言葉には2つの意味があります。
ひとつは、「振る舞うこと、挙動、あるいは態度」という意味で、「立ち居振る舞い」などという使われ方をします。
もうひとつは、「ごちそうをすること、もてなし、あるいは供応」という意味で、「大盤振る舞い」などという使われ方をしますね。
両者の違いを、お分かり頂けたでしょうか?

「振る舞う」という言葉には、単なる態度や挙動という意味だけではなく、相手のために何かしてあげるという「もてなしの心」が含まれているのです。
政治家がパフォーマンスをする際にも、自分の私利私欲だけを求めるのではなく、相手、つまり国民のために行動するという側面を持つことを忘れないでいただきたいですよね。
「パフォーマンス」ではなく、「振る舞い」という観点から、ポスト小泉レースを見ていくというのはいかがでしょうか?
posted by SNR at 17:07| Comment(5) | TrackBack(10) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。