2006年05月20日

「日本を代表する」ということ

今週の月曜日に、ワールドカップ・ドイツ大会に臨むサッカー日本代表23人のメンバーが発表されたことは、みなさんもご存知ですね。
巻選手が選ばれたことや、久保選手が落ちたことなどが大きな話題になり、みなさんも選ばれたメンバーを見ていろいろな感想をお持ちになったでしょう。
6月9日の開幕が待ちきれないという方も多いとは思いますが、もちろんこのブログでサッカーの技術論はいたしません(コメントでは勝敗予想なども含めて大歓迎ですが…)。
僕も素人評論しかできませんから、記事本文では敢えて触れないことにしておきます。

では、今日のテーマがいったい何かと言うと、タイトルに掲げたとおりで「『日本を代表する』というのは、いったいどういうことなのだろう?」という話です。
まず、「日本代表」という言葉を聞いて、みなさんはいったい何を連想なさるでしょうか?
僕なんかは、やはり「サッカー日本代表」などを比較的容易に連想しますね。
もちろんサッカーに限らず、野球でもその他のスポーツでも、オリンピックやワールドカップのような国際大会で日本を代表して戦ってくれる選手たちは、「日本を代表する」人たちと考えて自然でしょう。
つまり、スポーツに限らず特定の分野に秀でていて、その分野で日本を代表するということですね。

しかし、「日本を代表する」ということには、もう少し広い意味があると思います。
それは「日本代表チーム」は、日本社会の特色を色濃く反映しているという意味です。
例えば、ワールドカップ代表メンバーが発表された翌日の朝日新聞に、編集委員の星浩さんが、サッカー日本代表と政治を対比した記事を書いていました。
日本代表にとっても、自民党や民主党といった政党にとっても、組織と個人のバランスが課題であるというものでした。
日本代表の試合があると、よく「FWの決定力不足」や「個人の能力を補う組織力」などが話題になりますが、これも日本人や日本社会をチームが代表している証拠なのでしょうね。
試合に負けると特に外国チームと比較した嘆き節が聞かれますが、これも一朝一夕に変えることは難しい問題なのだと思います。

サッカーというスポーツの最大の魅力は、世界の国それぞれに、その国の色をしたサッカーだが存在していることにあるでしょう。
それだけ、サッカーというスポーツには単純だけど普遍性が備わっているということですね。
ブラジルにはブラジルの、イングランドにはイングランドの、イタリアにはイタリアの国民性を反映したサッカーがあり、どの国も国民や社会の特徴をうまく生かして戦っています。
日本がワールドカップに出るのは3回目ですが、まだまだ欧州や南米の国々に比べれば歴史が浅く、これから少しずつサッカーの本質を自分たちのものとして、日本色をつくりあげていく過渡期にあるのでしょう。
前回の大会に比べて、日本がどのような成長を見せているか、勝敗だけにこだわらず見てみたいものですね。
こんなことを考えながら、ワールドカップの本番を迎えてみるのはいかがでしょう?
posted by SNR at 16:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 趣味・スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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