2006年01月10日

三酔人経綸問答に学ぶべきではないか?

ちょっと古い話になりますが、小泉総理の年頭会見での発言、
「精神の自由、心の問題について、政治が関与することを嫌う言論人、知識人が批判することは理解できない。まして外国政府が介入して、外交問題にしようとする姿勢も理解できない」というものと、
朝日新聞の社説「私たちこそ理解できぬ」が、ブログでもずいぶんと話題になったようです。

どちらかというと、朝日新聞に対する感情的な反発が多かったようですが、
僕はどちらの立場にも肩入れしてお話をするつもりはありません。
ただ、小泉総理の姿勢を批判したつもりの朝日新聞が、総理と同じように相手を「理解できぬ」と片付けてしまった点には深刻な問題が潜んでいると思います。

戦争の犠牲となって亡くなられた方の御霊に哀悼の誠を表すること。
これを否定する人はほとんどいないと言ってよいでしょう。
ここで、靖国参拝をめぐる議論の多くはA級戦犯合祀の問題や総理は公人か私人かという問題の迷路に迷い込んでしまいます。
確かにこれらの問題は靖国問題を解決する上では避けて通れない問題です。

しかし、日中・日韓両国ともに、ここまで問題を大きくしてしまった背景というものに、そろそろきっちりと目を向ける時期に来ているのではないでしょうか?
小泉総理はよく「心の問題」と言いますが、確かに同じように心理状態を表すものですが、はっきり言って「威信の問題」です。
この問題はよく重要な「外交問題」であるとも言われますが、その根っこは完全に「国内問題」にあるわけです。
つまり、「威信の問題」「国内問題」で中韓両国との外交関係が行き詰ってしまっているということになります。
こうした問題の本質を捉えないで、靖国問題をめぐる言動ばかりを追っていては日中・日韓関係全体を危うくする危険性があるのではないでしょうか?

さて、そこで中江兆民の『三酔人経綸問答』入りましょう。
これは酒好きの南海先生のもとへやってきた洋学紳士と豪傑の客が、大いに酒を飲みながら政治について論争をするという話です。
洋学紳士は民主主義の制度を重視して、外交は話し合いで解決していくべきであると説き、これに対して豪傑の客は、それは強国に都合の良い論理であり、弱小国はときに戦争に訴えてでも利益を掴みとっていかなければならないと主張します。
別に日中・日韓両国が戦争をしようとしているというわけではありませんが、お互いの主張を一方的に繰り返す現状は豪傑の客の立場に近いと言えるでしょう。
これに対して、話し合いで解決していこうという立場は洋学紳士の立場に近いでしょう。

ここでの最大のポイントは、どちらの立場がより正しいかということではありません。
まさに三酔人が大いに議論をしているように、ふたつの立場が冷静かつ論理的に議論をする必要があるということです。
日本国内で議論すらせずに、お互いに「理解できない」ばかりを繰り返してどうなるというのでしょうか?

もうひとつは、「威信の問題」や「国内問題」はできる限り外交上の大きな問題にしない方が良いということです。
「政府の威信をかけた問題は、お互いに妥協することは難しい」
「国内政治上の都合だけで外交政策を動かすのは危うい」
いずれも、これまで人類がいくつもの戦争を乗り越えて学んできたことです。

みなさんは、すいぶんと面白くない結論だと思いますか?
「平時閑話の題目に在りては、或は奇を闘はし、怪を競ふて、一時の笑柄と為すも固より妨無きも、邦家百年の大計を論ずるに至りては、豈専ら奇を標し新を掲げて、以て快を為すことを得んや」
これは南海先生の最後の言葉です。
つまり、国家百年の大計を論ずるようなときには、子どもでも考えつくような常識的で面白みのない考え方をしなくてはならないということです。
というのは、やや冗談が入っていますが、もう少し大局に立って議論を続けていただきたいものです。
以上、年頭会見についてちょっと気になったのですが、みなさんはどう思われますか?
posted by SNR at 22:02| Comment(3) | TrackBack(2) | 外交・国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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