2005年12月11日

サン=テグジュペリの優しい目

大地はわれわれ人間について、万巻の書物より多くのことを教えてくれる。
大地はわれわれに抵抗するからである。
障害と力くらべをするとき、人間はおのれを発見する。


再び、サン=テグジュペリで恐縮ですが、『人間の大地』の冒頭の一節です。

JR西日本福知山線の脱線事故、次々と起こる航空機のトラブル、
姉歯元建築士による構造計算書偽装、みずほ証券による発注入力ミス…。
矢継ぎ早に新しい技術が生み出され、複雑化し、スピードアップし、コンピューター管理されていく我々の社会で起こっている現実の出来事ばかりです。
こうした事件を目にするたびに、何かとんでもない感覚麻痺のようなものが起こっているような気がしてならないのです。
安全や安心をもっとも重視しなければならない人たちの感覚は、いったいどうなってしまったのでしょうか?

『夜間飛行』や『戦う操縦士』などをお読みになった方はご存知でしょうが、
サン=テグジュペリという人は、郵便配達などで商業飛行の草創期を支えたパイロットでもありました。

何年か前のことになりますが、宮崎駿さんがサン=テグジュペリが飛んだ飛行ルートを、実際に当時の飛行機に近いものを使って飛んでみるという特集番組がNHKで放送されました。
飛行機の胴体に開けた穴から地上の様子をカメラで撮影するのです。
地上を走る鉄道をゆっくりと追い越し、港町のにぎわいを上空から眺めながら、
ジブラルタル海峡を渡ると、アフリカの広大な大地が荒々しく広がっていきます。
こうした光景を見たとき、僕は「ああ、こういうことなのか」と大いに得心したのを昨日のことのように覚えています。

宮崎アニメの『天空の城ラピュタ』、『魔女の宅急便』、『紅の豚』などでたびたび現れる飛行シーンに、どちらかと言えば高所恐怖症の自分がなぜこんなにも魅力を感じるのだろうか?
それまで漠然と感じていた疑問が、まさに雲間から大空へ飛び出したかのように、はっきりと理解できたのです。
それと同時に、サン=テグジュペリがどんな目で世界を眺めていたのかも、よく理解できたような気がしたのです。

当時、飛行機といえば科学の最先端を走る技術の粋を集めたものでした。
しかし、その最高峰の技術を操るパイロットは、しっかりと人間が生活する大地を見つめていたのです。
『人間の大地』のなかで、僚友ギヨメは「グワディスの近くの草原の端にある三本のオレンジの木」が飛行の目印になると語ります。
まさに地上で生きる人々が目印にするのと同じものを、しっかりと見つめながら飛行していた証左と言っても良いでしょう。
自由に空を飛びまわりながらも、同時にしっかりと人間が暮らす大地に根づいていたと言って過言でないかもしれませんね。

それだけではありません。
当時のパイロットたちは、荒々しい自然の厳しさともしっかりと向き合っていました。
サン=テグジュペリの作品のなかにも何度も紹介されているように、
当時の飛行はまさに自然の猛威と闘いであり、何人ものパイロットが帰らぬ人となりました。

サン=テグジュペリ自身も、アフリカの砂漠に不時着して生死の境をさまよいます。
ときに人間に対して恐ろしい牙を向ける自然としっかりと向き合っていたわけです。
『星の王子さま』のような真に優しい物語を紡ぐ目は、荒々しい自然と戦う厳しい目から生み出されていたのです。

再び我々が暮らしている現代へと話を戻しましょう。
サン=テグジュペリの時代に比べて、我々の生活ははるかに便利なものとなりました。
しかし、そうした生活を支える人たちの目はどうなのでしょうか?
彼らの目から「人々の生活を見つめる優しさ」と「自然に向き合う厳しさ」は失われてしまったのでしょうか?

構造計算書偽装の報道などを見ていると、
そこに人々が生活していることや地震の恐ろしさなどを忘れてしまったとしか思えません。
誰もが阪神大震災やスマトラ沖地震などの映像を目にしたはずなのですが…。
コンピューター画面やテレビの画面を通して、安易にモノを見ることに慣れてしまった我々は、
もう一度、「サン=テグジュペリの優しい目」を取り戻して自分たちの社会を見つめなおす必要があるのかもしれませんね。
posted by SNR at 21:33| Comment(9) | TrackBack(5) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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