2005年11月14日

若きウェルテルはいなくなったのか?

ちょうどウェルテルと同じように
胸の悶えを持つやさしい心の人がおられるならば、
ウェルテルの悩みを顧みて自らを慰め、
そうしてこの小さな書物を心の友とされるがよい…。


ゲーテの巻頭の辞を真に受けたわけではないけれど、
「こういう小説を読んでいるのを同級生に見つかるとちょっと恥ずかしいかな」
とか考えながらも、
わりと純粋で素直な気持ちになって、こういう小説を読みませんでしたか?

『若きウェルテルの悩み』じゃないなら、
バルザックの『谷間のゆり』でも、
アンドレ・ジイドの『狭き門』でも、
外国人作家がお好みじゃないなら、谷崎潤一郎の『春琴抄』でもいいですよ。
個別作品に好き嫌いはあるかもしれないけど、
とにかく、報われぬ愛にもがき苦しむ話ですよ。

なんでこんな話をするかと言うと、
例の町田市で起こった女子高校生殺害事件ですよ。
もちろん、事件の真相はまだまだ明らかになっていないのかもしれません。
でも、僕はニュースを聞いてびっくらたまげましたよ(表現が古い…)。

なんで好意を抱いている人を殺すんですか!
そういうのって、火サスとか大人の世界の話だけだったんじゃないんですか?
財産とか嫉妬とか、やたらとどろどろしたドラマですよ。

それにしてもね。
そもそも純愛ブームじゃありませんでしたっけ?
と思って聞いてみたら、
最近の純愛モノは主人公が苦しんで死んでしまったりしないのだそうです。
えーっっっっっ!
僕は耳を疑いましたよ。
「無償の愛」、「報われぬ想い」、「悲恋」…。
すべて死語になってしまったのでしょうか?

確かに失恋するたびに自殺していたら、
それはそれで困った社会ですよ。
それに主人公に愛される女性たちの態度などに、いかがなものかと首をひねることもありますよ。
それでも主人公が思うままにならぬ状況に苦しみ、自分を責めて責め抜いて、
最後は自分自身の存在を罰するという行為、ここにこそ心を打たれるんじゃないですか。

文学的にはもっと高尚な読み方があるかもしれないけど、
こういう読書をしていれば、ちょっとうまくいかないからって、
安易に人を殺したり、自殺をしたりするようなことは減っていくのではないでしょうか?

どんなに古臭いといわれても、
やっぱり「若きウェルテル」を読んで涙するような社会が続くことを願うのであります。
posted by SNR at 11:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。