2005年11月02日

あなたのお手本は誰ですか?

毒薬「タリウム」!

母親に少しずつこの薬を飲ませていた少女が、
殺人未遂の容疑で逮捕されたニュースが世間を騒がせています。

事件の異様さが世間の耳目を集めていることは言うまでもないでしょう。
毒殺という手段だけでなく、徐々に衰弱していく様子を観察するという残酷な手法。
その観察を毎日ブログで公表していくという異様な行動。
しかし、この問題を異常な人間が引き起こした異常な事件として片づけてしまって良いのでしょうか?

もちろん、各マスコミも少女が犯行に至った過程を明らかにしようとしています。
この事件の真相が解明されることは、とても重要なことです。
でも、それだけで本当に十分なのでしょうか?
事件を事件として遠巻きに眺めているのでは、やっぱり自分たちの問題として考えられていないのではないでしょうか?

少女が尊敬する人物として、イギリスの毒殺魔グレアム・ヤングの名前を挙げていたことが報道されています。
そしてヤングと同じ毒薬を使い、同じように観察して、同じように日記をつけていたわけです。
これはいわゆる「ロール・モデル」というものです。
「ロール・モデル」とは、信頼を寄せ、あの人のようになりたいと思う、
目標となる対象のことを指します。
成長期の子どもにとって、きわめて大事な存在なのです。

もちろん、ここで大切なことは、少女が毒殺魔をお手本にしていたという事実ではありません。
そのことに非難めいた追及をしても、社会の改善にはつながりません。
今の日本社会にロール・モデルとなり得るような大人がどれほどいるのか?
こちらの方が、よっぽど問題にされなければならないことではないでしょうか?

世の中に完璧な人間など存在しないことは言うまでもありませんが、
多少の欠点を大きく暴きたてる息苦しい社会になってしまったとは言えないでしょうか?
ときには名誉毀損としか思えないような誹謗中傷の応酬になることもしばしばです。
こんな世の中で、果たしてお手本となるような人が生まれるのでしょうか?
生まれるのはせいぜい一時の偶像、
使い捨ての偶像に過ぎないのではないでしょうか?
偶像は巨大なマスコミの力で一瞬にしてつくりあげられ、
やがて人々の忘却の彼方へと追いやられるか、
偶像を生み出したマスコミ自身の手によって貶められていくのです。

ロール・モデルというのは、自然と出来上がってくるイメージの産物であるべきだ!
僕はそんなふうに思います。
そんな自然な関係性がつくられる社会を取り戻すこと。
これこそが、この事件が僕たちに突きつけている課題なのではないでしょうか。
posted by SNR at 02:07| Comment(1) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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