政府は基本的に福井総裁の擁護論を展開しましたが、国民の半数近くはかなり厳しい目で見ているようですね。
今朝の『読売新聞』にネット調査の結果が掲載されていましたが、67%の人が何らかの形で責任をとるべきだと考えており、7割の人が日銀の今後の政策に影響が出ると考えていることがわかりました。
もちろん、福井総裁が法令違反を犯しているわけではありませんので、批判派が唱えるのは通貨のトップを司る者としての道義的な責任です。
もっともよく展開されている批判は、庶民感覚がわかっていないというもので、同時期に銀行の定期預金に預けた場合の利息との比較が引き合いに出されます。
つまり、庶民にこんな超低金利を強要している本人が、高利回りのファンドで資産を倍以上に増やしていたとは何事だという議論です。
こうした議論に対しては、元本割れのリスクがあるファンドに自ら投資したのだから、銀行預金と比較するのはナンセンスだという批判が展開されているようです。
いずれにしても、ものごとの本質を分かっていないのではないかと言わざるを得ないような次元の低い議論ですね。
以前、量的緩和解除の際に「試される日銀のコミュニケーション能力?」というタイトルの記事で、「複雑で難しい政策判断を求められた際に、日銀がどのようなコミュニケーション能力を発揮するのかが今後の焦点であると書きました。
ゼロ金利を解除して金利を引き上げや引き下げによる調整を行っていく際に、「さまざまな利害関係者の思惑が交錯するなかで、的確に状況を判断して強いメッセージを発する」には卓越したコミュニケーション能力が必要とされると述べたわけです。
今回の騒動を踏まえて、福井総裁に日銀総裁としての資質が備わっていると言えるのでしょうか?
一般的にコミュニケーション能力を発揮するには、何よりも優れた情報判断力と市場からの厚い信頼が必要であることは言うまでもないでしょう。
複雑な政治経済環境を読み、ますます重要性が高まるマネーの世界を司る先進国の中央銀行総裁であれば、なおさらのことです。
米国連邦準備制度理事会(FRB)の前議長のグリーンスパーン氏などは、信頼性どころか神通力と呼んだ方が良いのではないかと思われるほどのパワーを持っていたことで知られています。
翻って日銀の福井総裁はどうなのでしょうか?
違法性の疑いが噂されるようになっても投資を引き上げず、自らの立場を支える信頼の源が何であるのかを判断できず、政権与党の政治的判断に基づくと思われる擁護に守られた人物が、適切な市場とのコミュニケーションを行っていけるのでしょうか?
道義的責任についての議論とは別に、一度しっかりと考えてみる必要があると思いませんか?


